小岩井ファームダイニングは、小岩井農場直送の安心・安全で、生産者の顔が見える質の高い食材を使った、選りすぐりのおいしさを提供するための飲食事業として、2016年に設立されました。
1891年(明治24年)
小岩井農場創業
日本鉄道会社副社長・小野義眞、三菱社社長・岩崎彌之助、鉄道庁長官・井上勝により小岩井農場が創業しました。小岩井という名前は、3人の名字から1字ずつ取って付けられたものです。
創業当初の小岩井農場は、現在の緑豊かな山林や牧草地からは想像ができないほどの、一面の荒野でした。木はほとんど生えていません。火山灰地特有の強い酸性の土壌。粘土質の土地は水はけが悪くあちらこちらに水たまりができています。吹きさらしの西風により、夏は冷たく冬には吹雪になる、耕作に不向きな土地でした。
1899年(明治32年)
岩崎久彌小岩井農場を継承
困難な状況が続く小岩井農場に、新たなリーダーが現れます。1899(明治32)年、小岩井農場は当時農場主であった井上勝から三菱第三代社長の岩崎久彌に継承されます。実業家としてのリーダーシップと農業分野の専門書を精読するなど独学で蓄えた農業に関する豊富な知識は、小岩井農場の経営にいかんなく発揮され、日本の農牧事業の発展に邁進していきます。
「畜主耕従」の方針決定、小岩井農場の再建が始まリます。家畜を効率的に飼育するためには、飼料をいかに安定的に供給するかが決め手となります。荒地を耕し、この気候に合った栄養価の高い牧草や飼料作物を生産するため農場全体をより良い牧草地や畑にする作業が急がれました。
1901年(明治34年)
海外より優良種輸入
岩崎久彌が農場経営にあたって、いち早く優良種牛の大量輸入という英断を下し、発展途上の農場に将来への希望をつなぎました。1901(明治34)年から1926(大正15)年に至る25年間に小岩井農場に導入された優良種牛の輸入頭数は、計110頭。とりわけ1901(明治34)年にオランダから輸入された種牛の血統は、今日になお受け継がれています。
1899(明治32)年に岩崎久彌を場主に歩み始めた小岩井農場は、わずか4、5年のうちに牛、馬、羊の種畜生産を主とする農場へと大きな転換を果たしました。さらに小岩井農場では、放牧地の整備、飼料作物の確保、土地改良、耕作技術の改善など、全面的な施策がますます急がれました。
1921年(大正10年)
岩崎久彌土壌改良のための最新技術を農場に直言
小岩井農場の土壌は酸性が強く作物を育てにくい土地柄で、その改良は明治期からの懸案でした。岩崎久彌は、農牧業に関するアメリカの専門誌の文献より、土壌改良に石灰石を細かく砕いたものが有用なことを知り、農場にすすめました。そして小岩井農場ではさまざまな研究の末、4年後の1925(大正14)年より本格的に導入することになりました。
1924(大正13)年、優良種牛のホルスタイン種牡牛 サー・ロメオ・フェーン号がカナダから輸入されました。そして小岩井農場の乳牛の能力改善に多大な貢献をします。その子孫は5代目まで、実に40年にわたって農場の乳牛改良に供用されました。